<新着>パッシブデザインとは?基礎知識と日射遮蔽設計で重要ポイント3選
パッシブデザインとは、建物の形や素材を上手に活かして、エネルギーの使用を抑えながら、一年を通して快適な室内環境をつくり出す設計手法です。
快適な暮らしと省エネを両立させるには、この考え方を正しく理解したうえで設計を行うことが不可欠です。理解が不十分なまま進めてしまうと、光熱費がかさむだけでなく、快適な住まいも実現できません。
この記事では、パッシブデザインを計画するうえで押さえておきたいポイントを、わかりやすく丁寧に解説していきます。
目次[非表示]
- 1.パッシブデザインとは?気候を考えるうえで必要な基礎知識
- 1.1.日射取得と日射遮蔽
- 1.2.日射遮蔽係数
- 1.3.日射熱取得係数(SHGC)
- 2.パッシブデザインの日射遮蔽設計で重要ポイント3選
- 2.1.日当たりや風通しを考慮して、窓の位置や向きを調整する
- 2.2.庇や植栽、ルーバーなどを使って、夏の日差しを遮る工夫をする
- 2.3.季節によって変化する太陽の高さを考慮し、採光を調整する設計を行う
- 3.パッシブデザインを行うメリット・デメリット
- 3.1.パッシブデザインを行うメリット
- 3.2.パッシブデザインを行うデメリット
- 4.日射遮蔽設計で導入される遮蔽部材の種類
- 5.パッシブデザインで有名な建築物3選
- 6.執筆者
- 6.1.瀧澤 成輝(二級建築士)
パッシブデザインとは?気候を考えるうえで必要な基礎知識
パッシブデザインとは、建物の省エネルギー性能と居住者の快適性を両立させるための設計手法のことを指します。
この章では、設計時に重要となる主要な指標について、わかりやすく解説していきます。
日射取得と日射遮蔽
「日射取得」とは、冬場に太陽の光や熱を室内に取り込むことで、「日射遮蔽」とは、夏の強い直射日光を建物の外側で遮る工夫をすることを指します。
冬は積極的に太陽の熱を取り入れて室内を暖めることで、暖房エネルギーの節約につながります。反対に夏は、しっかりと日差しを遮ることで室温の上昇を防ぎ、冷房の使用を抑えられます。
たとえば、効果を高めるには、建物の向きや窓の配置・大きさ、庇の深さなどを工夫し、季節ごとに異なる太陽の高さや角度をうまく活用することが重要です。
日射遮蔽係数
日射遮蔽係数とは、基準となる遮蔽のないガラスと比較して、どれだけの太陽熱が窓を通じて室内に入ってくるかを示す指標です。
値が小さいほど日射の遮蔽性能が高く、太陽熱の侵入を抑える効果が優れていることを意味します。
そのため、設計段階では、窓ガラスや外付け日よけなどの選定にあたり、この係数をしっかり確認することが重要になります。
日射熱取得係数(SHGC)
日射熱取得係数(SHGC)は、窓ガラスを通して建物内に取り込まれる太陽熱の割合を示す指標です。この値が大きいほど多くの太陽熱を取り込めるため、冬季には室内の暖かさを確保しやすく、暖房に必要なエネルギーの削減につながります。
日射熱取得係数(SHGC)が高すぎると夏には室温の上昇を招き、冷房負荷が増えてしまうため注意しましょう。 |
パッシブデザインの日射遮蔽設計で重要ポイント3選
この章では、具体的な設計ポイントを紹介します。
主に重要な設計になるポイントは以下の3つです。
- 日当たりや風通しを考慮して、窓の位置や向きを調整する
- 庇や植栽、ルーバーなどを使って、夏の日差しを遮る工夫をする
- 季節によって変化する太陽の高さを考慮し、採光を調整する設計を行う
日当たりや風通しを考慮して、窓の位置や向きを調整する
窓の配置や向きを工夫することで、自然の力を住まいに取り入れられます。建物の方位ごとの特性を理解し、窓の大きさや配置を考えることが大切です。
以下のように、建物の方角ごとに適した窓の工夫があります。
方位 |
特徴 |
推奨される設計 |
効果 |
南側 |
日射が安定して多い |
大きな窓+庇(ひさし) |
冬:光と熱を取り入れる 夏:直射日光を遮る |
東・西側 |
朝夕の強い日差し |
小さめの窓+ルーバーなどで調整 |
まぶしさや熱を軽減しながら明るさを確保 |
北側 |
間接光が安定して入る |
適度な窓+高断熱性能 |
明るさを確保しつつ、冬の熱損失を防ぐ |
建物の方位に合わせて窓を設計することで、年間を通して快適でエネルギー効率の高い空間がつくれます。
庇や植栽、ルーバーなどを使って、夏の日差しを遮る工夫をする
窓だけに頼らず、庇やオーニング、ルーバー、植栽などの外部遮蔽物を使うことで、日差しをより細かくコントロールできます。庇やオーニングは、日射の角度に応じて光を遮ったり取り入れたりする働きをします。可動式であれば、角度や長さを調整することで柔軟な対応が可能です。
ルーバーや外付けブラインドは羽根の角度を変えることで、光の入り方を調整できます。植栽を活用すると、夏は葉が日差しを遮り、冬は落葉して光を室内に通せます。
これらを組み合わせることで、年間を通じて効率よく日差しを調整でき、冷暖房の使用も抑えられます。
季節によって変化する太陽の高さを考慮し、採光を調整する設計を行う
太陽の高さは季節によって変化します。この変化を踏まえて、庇の出幅や窓の位置を決めることが大切です。
以下のように、季節ごとに適した工夫があります。
季節 |
太陽の高さ |
設計の工夫 |
期待できる効果 |
夏 |
高い |
庇を深くして直射日光を遮る |
室内の温度上昇を抑え、冷房負荷を軽減 |
冬 |
低い |
光が室内の奥まで届くよう庇の設計を工夫 |
太陽熱を取り入れて暖房効率を高める |
通年 |
高さが変化する |
緯度・周辺環境を考慮して設計orシミュレーション活用 |
年間を通じて快適な室内環境を維持 |
自然の光と熱をうまく取り入れることで、冷暖房の負荷を抑えた快適な空間づくりが可能になります。
パッシブデザインを行うメリット・デメリット
パッシブデザインには、省エネルギーや快適性向上といったメリットがある一方で、初期コストや敷地条件への依存などデメリットも存在します。
この章では、パッシブデザインにおけるメリットとデメリットをまとめて解説します。
パッシブデザインを行うメリット
パッシブデザインのメリットは、主に以下の3つが挙げられます。
- 断熱+日射制御で冷暖房負荷を大幅に減らし、長期的な費用回収可能
- 夏は涼しく冬は暖かい室内環境を実現でき快適性が向上する
- 断熱性能と自然採光・通風で停電時も一定の居住性を確保できる
高い断熱性能と日射制御を組み合わせることで、冷暖房負荷を大きく抑えられます。初期費用はかかるものの、長期的には光熱費の削減につながります。
夏は涼しく、冬は暖かい快適な室内環境が整い、自然光を有効に取り入れることで照明エネルギーも低減され、明るさと快適さのバランスが取れた空間が生まれます。
停電や災害時でも、断熱性と自然採光・通風を活かすことで一定の居住性が保たれ、太陽エネルギーを利用することで暮らしの継続性も確保しやすくなります。
パッシブデザインを行うデメリット
デメリットは以下のとおりです。
- 初期費用が増加する
- 周辺建物による日陰や風通しに左右されやすい
- 気密・断熱・日射解析などの専門性が要求される
高性能な窓や遮蔽部材、精密なシミュレーション設計が必要となるため、従来の建築よりコストが高くなる傾向があります。
都市部では特に、予算の制約が導入のハードルとなる場合もあります。敷地条件によっては、周囲の建物による日影や風の影響を受けやすく、計画どおりの効果が得られないこともあります。
パッシブデザインでは、気密性・断熱性・日射の解析に高度な専門知識が求められ、施工にも高い精度が必要です。対応力のある事業者を選ばなければ、期待した性能が発揮されない可能性も考えられます。
日射遮蔽設計で導入される遮蔽部材の種類
日射遮蔽を効果的に行うには、用途や設置場所に応じてさまざまな遮蔽部材を組み合わせることが重要です。
以下の表に、主な部材の種類と特徴をまとめました。
遮蔽部材 |
説明 |
特徴/メリット |
庇・オーニング |
建物外壁から張り出す日除け |
-夏は直射光を遮り、冬は日射を取り込む -メンテナンスが少ない |
ルーバー(ブラインド) |
羽根の角度で日射量を調整できる格子状遮蔽物 |
-日射コントロールが自在 -視線を遮りつつ採光可能 |
外付けブラインド・シャッター |
窓の外側に設置する可動式装置 |
-窓外で日射を大幅カット -防犯・断熱効果が高い |
簾(すだれ)・シェード |
竹簾やロールスクリーンなど、風通しを保つ伝統的日除け |
-通風性が高い -取付け・取外しが簡単 |
植栽(グリーンカーテン・落葉樹) |
窓前に植物を配置し、季節で日陰と日射を使い分ける |
-夏は遮光、冬は日射取得 -蒸散冷却で涼感を得られる |
遮熱フィルム |
窓ガラスに貼る赤外線反射フィルム |
-ガラス交換不要で導入容易 -日射熱を効果的にカット |
遮蔽物は単独で使うのではなく、複数を組み合わせることで、通年の快適性と省エネ性能をより高められます。
たとえば、南面に深い庇を設け、窓に遮熱フィルムを貼る。東西面には可動ルーバーを設置し、窓の外にはグリーンカーテンを配置する。
こうした工夫を組み合わせることで、日射の調整や熱負荷の軽減がより効果的に行えます。
パッシブデザインで有名な建築物3選
世界各地で実践されているパッシブデザインの優れた事例を知ることで、設計のヒントを得ます。
この章では、日本と海外の代表的な住宅を3つ紹介します。
聴竹居(藤井厚二自邸、1928年/京都)
(※出典:竹中工務店「人と地域を未来へつなぐ『聴竹居』」)
- 設計者:藤井厚二
- 建物名:聴竹居
- 採用技術:三層窓・クールチューブ・蓄熱利用
- 特徴:伝統木造+パッシブ技術の融合
聴竹居は、建築家・藤井厚二が自邸として設計した日本初期のパッシブ住宅です。三層窓を通じた南北方向の通風経路を確保し、夏季は地下クールチューブで地中熱を利用した換気を行う仕組みを導入しています。
冬季は大きな開口部から低い角度の太陽光を室内深部まで取り込み、床下や壁体に蓄熱させることで、暖房負荷を大幅に軽減しました。
(※引用:竹中工務店「人と地域を未来へつなぐ『聴竹居』」)
伝統的な木造建築の技法を活かしつつ、現代でも通用する快適性を実現した先駆的事例です。
Villa“LeLac”(ル・コルビュジエ、1923年/スイス)
(※出典:UNESCO公式サイト)
-
設計者:ル・コルビュジエ
- 建物名:湖畔の小さな家(プチ・メゾン)
- 採用要素:水平連続窓・屋上庭園・軒天
- 特徴:パッシブ要素と「五つのポイント」の融合
ル・コルビュジエが設計した「湖畔の小さな家」は、水平連続窓を南向きに配置し、冬季は太陽光を室内に取り込んで暖房効果を得られるようにデザインされています。
屋上庭園は屋根面を断熱しつつ、外気温の変動を緩和する役割を果たします。窓まわりには庇のような役割を果たす軒天が設置され、夏季の高い太陽光を遮りながら冬季には日の光を室内に届けます。
コルビュジエの「五つのポイント(ピロティ・屋上庭園・自由な平面・水平連続窓・自由な立面)」がパッシブ的要素と組み合わさり、地域の気候に対応した快適な居住空間を実現しました。
(※引用:UNESCO公式サイト)
くばの家(小玉祐一郎自邸、1984年/茨城)
(※出典:INAXREPORTNo.175「つくばの家」)
- 設計者:小玉祐一郎
- 用途:自邸兼実験住宅
- 採用技術:外断熱工法+高熱容量コンクリート
- 主な特徴 :可動ルーバー・深い庇・熱収支の最適化
つくばの家は、研究者・小玉祐一郎氏が自邸兼実験住宅として設計した建築です。
外断熱と高熱容量のコンクリート躯体を採用し、断熱・蓄熱性能を高めています。可動式ルーバーにより、夏は日射を遮りつつ通風を確保、冬は太陽熱を取り入れて暖房エネルギーを削減。庇も季節ごとの日射角度に配慮し、夏は直射を防ぎ、冬は光を奥まで導きます。
実測データを用いて熱収支を最適化し、日本の気候に適したパッシブ性能を実証した貴重な事例です。
(※引用:INAXREPORTNo.175「つくばの家」)
●記事のおさらい
最後に、今回の内容をQ&Aで確認しておきましょう。
Q:パッシブデザインとは?
A:建物の形状や素材を活用し、太陽熱や自然風を適切に取り入れたり遮ったりすることで、冷暖房エネルギーを抑えつつ、一年を通して快適な室内環境を作る設計手法です。
Q:日射取得と日射遮蔽の違いは?
A:「日射取得」は冬に太陽の熱を室内に取り込んで暖房負荷を減らすこと、「日射遮蔽」は夏に強い直射日光を外部で遮って室温上昇を抑え、冷房負荷を軽減することを指す。
Q:日射遮蔽設計で押さえるべき3つのポイントは?
A:①建物の方位に合わせて窓の位置・向きを調整し、日当たりや風通しを最大化する。②庇・植栽・ルーバーなどの遮蔽物を組み合わせて、夏の直射日差しを効果的に遮る。③季節ごとに変わる太陽の高さを考慮し、庇の出幅や窓の高さを最適化して採光を調整する。
Q:パッシブデザインのメリット・デメリットは?
A:メリットは、断熱と日射制御で冷暖房負荷を大きく減らし、長期的に光熱費を削減できるほか、夏は涼しく冬は暖かい快適性を実現でき、自然採光・通風によって停電時の居住性も確保しやすい点。デメリットは、初期コストが高くなること、周辺建物や風通しの影響を受けやすいこと、専門的な解析や施工が必要である点にある。
Q:効果的な日射遮蔽部材には何がある?
A:代表的なものは、庇・オーニング、ルーバー、外付けブラインド・シャッター、簾・シェード、植栽、遮熱フィルムなどが挙げられる。
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執筆者
瀧澤 成輝(二級建築士)
住宅リフォーム業界で5年以上の経験を持つ建築士。
大手リフォーム会社にて、トイレや浴室、キッチンなどの水回りリフォームを中心に、外壁塗装・耐震・フルリノベーションなど住宅に関する幅広いリフォーム案件を手掛けてきた。施工管理から設計・プランニング、顧客対応まで、1,000件以上のリフォーム案件に携わり、多岐にわたるニーズに対応してきた実績を持つ。
特に、空間の使いやすさとデザイン性を両立させた提案を得意とし、顧客のライフスタイルに合わせた快適な住空間を実現することをモットーとしている。現在は、リフォームに関する知識と経験を活かし、コンサルティングや情報発信を通じて、理想の住まいづくりをサポートしている。